野獣に猛獣


「ヘッド、なんつーかやめてください、善良なヤンキーが怯えてます」
俺は首を傾げる。
ヤンキーとは善良な種族であったか。
「トイレ駆け込むくらいの元気と気概くらいもてよ」
「いや、あんたね、いきすぎはなんでも怖いんですよ。あんたのそのフェロモンだかなんだか、ちょー怖いですからね。いや、近く寄らないでください、俺、貞操守りたいんで」
俺の舎弟は、おもしろいことを言う。
俺がフェロモンとやらが出ているときは大抵おかしなことを言ってくるから、気とか動転してんだろうなと俺は思う。
しかし、もう一つ、俺には思うことがある。
「てめぇがうまそうな素材だったとしても、俺、たたねぇしなぁ……もう」
可愛い舎弟たちは、ホッ…とため息をつく。実に可愛くない反応だ。
「ほんと、神様ありがとう!シマさんをこの世に出現させてくれて!!」
舎弟どもが、畏怖と尊敬と、それ以上の何か暑苦しい気持ちをのせて、崇めている、絶倫のシマさん……は、俺の、たぶん恋人である。
「シマさんパネェかっこいいし」
身長百九十近く、可愛らしさの欠けらもないくせに、ちょっと…いや、かなりおしゃれな類で、きれいに脱色された金髪とかいつ掴んでもサラサラだ。指を通り抜けるかと思って毎回、掴むのに苦心する。
「ヘッドと並んでも見劣りしねぇし」
かくいう俺は、シマほどじゃねぇが、高身長。日本人離れしたボディバランスと甘さはないが、どこかひとを誘うとかいう噂の顔。きれいには程遠いが男らしく、それなりに整っている。
シマはその俺と釣り合うどころか並んで有り余る迫力をそなえながらも、そのやる気のなさ故に覇気をまったく見せない。
少し、飄々としているようにも見える。
「ヘッドのフェロモンに騙されねぇし」
シマは俺とヤッた中でも一番素晴らしい雄であり、俺なんか目ではないフェロモンだかなんだかをだしていると俺は信じて止まない。だが、舎弟どもはシマからいまだかつてそのようなフェロモンを感じたことはないという。
「どころかヘッドをおとなしくさせてくれるし!」
シマ本人から聞いた話なのだが、シマと一度ヤッた奴はリピーターになれないらしい。なんでも、シマ見ただけで恐慌状態に陥ったり、腰抜かしたり、飛んでしまったりと、シマをトラウマにしてしまうんだとか。
俺も一時期、シマという名前を聞くだけで腰が砕けるかと思うような時期があったので、うなずける。
うなずけるが、シマの味を覚えてるのは俺だけで十分だ。他の奴ら探し出して、上書き行為に勤しんだのがつい最近。
舎弟どもに、愛情が歪んでいると説教されたのがつい三時間前。
俺はとにかく、今、欲求不満だ。
「シマ以外たたねぇとか、マジ、シマすげぇよな…」
「そっすね。けど、そのおかげで欲求不満なフェロモン振りまいてくれてますけどね…!」
なんというか、シマの残り香というか、シマの痕跡を探る旅みたいな感じだった。シマと関係した人間は残らず、舎弟のいうところのフェロモンの毒牙にかけ、誘惑した。しかし、シマの残り香が感じられなくなると俺の身体が反応しなくなるという事態を迎えてしまったのだ。
俺のフェロモンのおかげで、奴らはすっきりし、シマの呪縛からも解き放たれ、大変感謝されたのだが、俺はシマの痕跡を見つけるたびに反応しては、肩透かしを食らうような状態に陥り、そしてなるべくして、欲求不満だ。
俺はソファにもたれかかり、このなんとも御しがたい欲求不満に文句を言おうとした。
するとタイミングを見計らったかのように、いつかみたいにうちの溜り場の扉の蝶番が弾けとんだ。
「こぉーせぇーい」
壊れた扉の前には、いつだったかより怖い、シマがいた。
舎弟はささっとシマを避けるように脇に寄り、俺に向かってくるシマと目が合わないように下をむく。
「………ア?」
普段は実美と言うくせに、珍しく俺の名前を呼ぶシマに視線を合わせる。
たった。
「俺の、足跡をたどってくれたんだって?」
今のシマと視線を合わせ続けるのは、なんというか性的につらい。
俺はなんかの犬みてぇに、条件反射で雌にかわる。
「それって浮気っていわねぇか?いうよなぁあ?いうだろ?死ぬか?足りねぇの?淫乱野郎」
溜り場から捌けていく舎弟どもの素早いこと。
もはや、シマの暴走は三度目を数え、ここでは二回目となるため、連中は現場から逃げたようだ。 俺も少し逃げたいが、既に腰がたたない。嘘だろ。
「…他…ッ、他の連中には…たたねぇから…!」
やばい、息があがる。
「だよなぁ?他じゃ満足できねぇもんなぁ…?俺みただけでたっちゃってアンアン喘ぎたそうだもんなァ?」
わりと本気で喘いでしまいそうになって俺は息をつめた。
ああ、シマ性的。
「今度は俺見たら足開くか、ケツ差し出すようにしてやるよ」
シマはヤルといったら大体本気でやる。
ただでさえシマのこの様子でたっちまうのに、その上どうぞするような、さらなるビッチにされるのか。
シマ、マジひでぇ。
マジ好き。
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