恋ってのは突然で、壁だとかプライドだとかああいうのはいとも簡単にへし折ってくれる瞬間がある。
俺のあとにチームのヘッドとなることになった後輩にボヤいた言葉だ。
俺は恋だと気がついた瞬間に、高値の花だし眺めて憧れて、気持ちの自然消滅を待とうと思っていた。
「田中ァー焼きそばパン買ってきてー」
「はい、喜んで」
好きになったのは、チームがあったあたりじゃ敵がないと言われていた、2つのチームの内一つのトップで、何にも興味がなさそうで、いつもぼんやりとしているくせに、もうひとつのチームのトップに恋をしているやつだった。
俺は、ああいうトップ争いの煌びやかな世界とは縁がなく、高校入学を期に後輩にトップを譲り渡して来た。
その学校は、偏差値が高いおぼっちゃま学校で、ヤンキーなんていなさそうなところだった。
しかし、俺の所属することになったクラスは、ヤンキーの巣窟だった。
ヤンキーなどいないとたかをくくり、髪の色を戻し、元々地味な姿を更に地味にしてやってきたクラスで、結局俺は、パシリとなっていた。
「田中くんさぁ…」
俺と山田は見事ヤンキーへと返り咲いた。
いや、返り咲かざるを得なかった。
なんというか、ヤンキーの巣窟で鴨とネギみたいな格好してるのは、非常に危険だったからだ。
山田は、チャラッとした不良のイケメンに変身し、俺は普通のヤンキーと化した。
クラスを仕切っている花井には、見事にパシリにされている。
「なんでそんな普通のヤンキーしちゃったの?」
ふんわり微笑む山田に、俺は首を傾げる。
「これが普通だからだろうが」
「…えー…」
もっとあるのに…と呟く山田をよそに、俺はそそくさとパンを買いに行く。
山田が、俺について来ながら、不満そうに唇を尖らせる。
ダックと言いながら、唇をつまんで遊びたい衝動にいつも駆られるから、正直、やめてもらいたい仕草だ。
「それに、なーんーでー花井なんかに従ってんの?田中くん、Eの元ヘッドなんでしょ?」
「Eの前のヘッドはクッソ弱いとか聞いたことねぇの?クッソ弱いんだよ。わかれよ。無用な争いをして傷つくのは俺だ」
俺が説明してやっても、山田は不満そうである。
それもそうだろう。
俺のあとを継いだシマは、俺とは違って頼りがいのあるやつだった。切れたら面倒くさいやつだったけど、陽気だし、可愛げあるし、そう、いいやつだ。そして、強い。切れたら面倒であっても。
しかも、Eというチームが何故か今現在、少数精鋭と言われているため、元ヘッドであった俺にもそれはもう、噂が一人歩きしてしまうくらいの期待というかなんというかがあったのだ。
暴君だとか、支配者だとか、なんかどこのカリスマだよみたいな噂がとんでもなく一人で歩いていた。
俺は、あのEというチームでは異端の弱者だったと主張したい。
誰よりも弱く、誰よりも臆病だったと、言ってやりたい。
誰も信じない。身内以外。
「Eってあれじゃん。勝つか負けるかは二の次なんでしょ?逃げないってのが大事なんでしょ」
「山田、Eのフリークかよ?確かに、逃げないっつうのがチームの決まりだけどな、俺は、今、Eじゃねぇし。花井が俺をパシリにするのは勝つも負けるもねぇだろ。俺は下っ端。それに従ってるだけで、勝負はしてねぇの」
「じゃあ、勝負だったらどうするんだよ」
俺は眉間に皺を寄せながら、財布をだす。
「勝負なぁ…俺はもう、Eじゃねぇんだけど」
財布の中身を確認する。転校してからというもの、ずっとパシリというか財布になってきた。
自分自身のものは買っていないし、花井以外の人間にたかられた覚えもないため、減りは少ない。
「ねぇけど……勝負なら、受ける」
花井はクラスのトップを張る割に、やることが小さい。尊敬はしていない。
「でも、ふっかけたりはしねぇの」
そこは今のEでも同じ態度である。
山田は納得したような、納得しかねるような、微妙な顔をした。