なんでこいつといると、落ち着くんだろうな。
中身はおっさん、外見は高校生の俺はいつも思っていた。
そいつと出会ったのはほんのひと月前だ。
原因不明の事故で身体が幼稚園児となってしまった俺は、元に戻っても友人もいないし、親族もいない。遺産があるわけでもないし、運良く金持ちの養子になってしまったことだし、これは人生のやり直しかなと柔軟な頭で考えた結果、幼稚園児からやり直しを始めた。
しかし、順風満帆に思われた二度目の人生も、中学生の頃に弟が生まれ、お役御免と男子校にぶち込まれ、今に至る。
それでも生まれ持った美貌と性格の悪さにものをいわせ、学園の帝王と呼ばれるようになってしばらく経つ。
高校生になった現在、昔から性格が悪い上に意固地で、しかも、美貌があっても性格があれじゃあねと言われた人物である俺は、せっかくやり直ししてんだから、この際だ、ちょっとくらい性格矯正してもいいじゃんてか、もうちょっと頭良く立ち回ろうぜと思った。
それなりに友人らしきものをつくって、顔どころか、頭まで良かった俺は持ち上げられるだけ持ち上げられ、確かな地位を築きあげることに成功する。
だが、中身はおっさんである俺が若者と戯れるには、精神的に疲れる。いつまでも若いつもりだが、ふとした瞬間に若いなぁ……とジェネレーションを感じてしまうわけだ。
それを感じつつも、若いけれど、本当に若いかどうかわからない奴が現れた。俺はそいつに安らぎを覚えたのだ。それがそいつだった。
そいつは世話をするのが好きという人種ではない。
気がついたら、世話を焼いているという人種だ。
ああ、胃が痛そうだな、可愛そうに。そう思って胃薬を差し出したことが何度あることか。
「さんきゅ」
そういって、少し視線を下げる様子が、苦労を思わせ、本当に、何度キュンとしたことだろう。
俺は素晴らしい美貌と性格の悪さ、そして頭の良さをもっていたから、昔は大概の人間を見下していた。
今も大体同じようなものだが、年をとったぶん、なんというか、人には人それぞれ役割があることを知っている。人とは似ているようで違うパズルのピースのようなものだ。俺にとってかけがえのないとまではいわないが、どの人間もいないということで欠ける絵は確かに存在するということを身をもって知っていたのだ。
たとえば、俺はこうして幼稚園児からやり直している。しかし、身内がいなくても友達がいなくても、それでも、職場の人間は俺が行方不明になったことで少なからぬ迷惑を被った。その上、いくら性格悪くとも、少し位は心配してくれた。職を辞すとなれば、何かほかの感想をもっただろう。だが、さすがに突然の見知った人間の行方不明は呆然とするものがあるのだ。
そして、俺が知らない間に、俺を毎日見かけていた人間が俺の心配をしてくれたりもして、捜索願いなんかも出ていたりした。
時間も経って、もう、すっかり死亡扱いである。
そうして俺は他人とは俺の下にあるものだという思考を改めた。しかし、昔は周りのことなんてなんとも思っていなかったわけで、俺は恋もしたことがなかったのである。
だから、このキュンとするものが恋というのなら、俺の人生、今、薔薇色じゃないだろうかとか思わないでもない。
「志川(しがわ)ァ」
「あ?」
この苦労性ぎみな初恋の相手は、大変柄が悪い。
世話焼きのくせに、柄が本当に悪かった。
世話焼きというか、人の上に立つようなやつだから、面倒見がいいといいかえてやってもいい。
面倒見がよすぎて、いらぬ苦労を買う。そこが愛しいが、俺を苛立たせる。お前は、俺の面倒だけ見ていればいいのだと何度思ったことだろう。
「俺、お前のこと好きなんだが」
「ハァ?」
「付き合ってやってもいい」
「ハァ?」
俺の言葉が理解できないのかもしれない。
馬鹿だ。
馬鹿だと思うが、成績はそこそこだし、他の馬鹿なんかよりよほど賢い。しかも使えるから好きだ。いや、そんなことは関係なく、もういっそのこと大好きだといえる。
「いや、俺、お前のことは世話の焼けるおっさんだとしか思ってねんだけど」
志川の考えることは間違っていない。
俺の中身はまごうことなくおっさんだ。
その上、美貌と性格の悪さと頭の良さと、さらには運動神経まで手に入れていたのに、生活力というものを母の腹においてきた。
だが、飯は作れなくても買えばいいし、たかればいい。部屋の片付けも掃除も金さえあれば解決だ。洗濯だっていうまでもない。
俺は何の因果か、金持ちの養子になっていたし、部屋だって、片付けができないなら、ものを買わなければいいし捨てればいいのだ。
そんなわけだから、俺の部屋はものが少ない。
使い捨てのものばかり買っては捨てている。
「それだけ分かっていれば、俺の本質を見抜いたも同然だ。結婚しても罰は当たらない」
「いや、俺の気持ち無視か。つか、結婚ってなんだ恋人じゃねぇのかよ」
「お前が俺と結婚してくれなければ、俺と結婚する奇特な……ああ、政略結婚的なものか。離婚は時間の問題だ」
「話聞けよ。つか、それなら独身でいいだろうが」
俺はそれを聞いて、ふふんと鼻で笑ってやった。
「それだと、少し寂しいだろ。俺が」
志川が頭を抱える。まるで、この世の理不尽を抱えたかのような悩ましい姿だ。
それは頭も抱えたくなるだろう。
俺は空気が読めないわけでも、話を聞いていないわけでも、人の気持ちが完全にわからないわけでもない。ただ、無視しているだけだ。これで話が通じないと頭を抱えてもらえなければ、アプローチを間違ったとこちらが頭を抱えねばならない。
「友人じゃダメか」
「友人も親友もいいとは思うが。俺はお前の隣に女でも男でも、恋情を持って並ぶやつってのが気に食わない。なら、俺が立つのが順当だろう?」
「その理論、納得できねぇ上におかしいから、出直してこい。もうちょっとましな口説き文句でこい」
「もうちょっとマシなら、うんと頷くのか。仕方ないな。俺がネコになってもいいといってやっているのに」
「いや、いってねぇからな。頷きもしねぇからな」
可愛げのないことを志川はいうが、呆れたように俺を見てくる。
きっとそのうち諦めて、うんっていってくれるだろう。
俺は知ってる。
そのうんっていってくれたときは、志川にとっての好きになれない。しかし、志川は付き合ってくれる。俺を大事にしてくれるだろう。けしてないがしろにしない。
そして、この学園を卒業するまでしっかり付き合ってもらうのだ。
なにせ、俺は素晴らしい美貌も、性格の悪さも、頭の良さも、運動神経までいいのに、生活力がない。所謂ギャップ萌えを完成させることができる。このギャップで志川も卒業までくらいは楽勝で付き合ってくれるだろう。
それに、好きなのは志川だけだ。これはつまり、一途で健気というやつになれる。性的にも、ほかには昔に一通りやることやったし、今は若さ弾けるのは志川にだけだ。
とにかく俺は、もう、志川を愛しているのである。
志川が俺を愛してくれるかはわからないが、卒業するまでは翻弄してやろう。
それくらいの経験はあるつもりだ。
ちょっと残念なのは、恋はしたことがないことと、ちょっと……いや、俺もかなり体格がいい上に、志川の好きなタイプが俺のような同性ではないということである。
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