誌的な世界じゃ浪漫


 誰もが羨む美貌と頭脳を持ち、輝かしすぎる性格であるにも関わらず愛されてしかるべき肉体を持っていた。
 たとえ、幼稚園児からやり直しても、性格に磨きがかかるだけで、世界は常に俺のためにある。
 世界は俺を中心に回り、世界はいつも俺の味方。数少ない悪いことさえ、俺という人間を高みに連れて行くだけのただの布石に変えるなどわけもない。
 しかし、思う。
 生を受けて五十余年。世界は確かに俺のためにあったが、俺だけのものではない。誰かのためにあり、また、誰かの世界でもある。
 つまるところ、共有の財産であり、各個人が所有できる世界などたかが知れていた。そんな小さな俺だけの世界は酷くつまらず、狭いもので、だからといって他から奪うだけの素晴らしさも見出せない。
 俺という世界は、随分面白味のないものだった。周りなどもっとくだらず、必要のないものだとさえ思っていた。
 だが、幼稚園児からやり直して、十年ほどたった今、俺は、また、知る。
 有象無象の一部である誰か一人の世界に手を伸ばすだけで、俺は、世界は、薔薇色に変わるのだ。
 赤に黄色に、ピンクに白……咲き乱れる姿は夢見心地だろう。
 地に足もつけず、ただ焦がれるに飽き足らず、毎日が新しく、すべてが違って見えた。
 俺にとってその薔薇は、青だ。
 不可能とも可能性とも言われた花は、咲き誇ってなお、奇跡と呼ばれる。
 たとえ、自然に成れずとも、その姿たるや、自然に成れぬからこそ目を引いて離さず。
 五十余年育て続けた世界は、たった一人に覆される。
 十年ほどの歪な俺は、たった一つに怯えて笑う。
「別れてやるよ」
 売り言葉に買い言葉、誤魔化してすぐに零したことばを捨て置いた。
 志川は驚き、俺を見るばかりだ。
 俺は志川を部屋から追い出し、唇を噛んで不貞寝した。頭の中では未練がましく志川の唇や舌の感触ばかりをなぞるから、さっさと忘れてしまいたかったのだ。
 しかし、時間がたっても、結局、目だけは変わらずに志川を追う。
 全力で追うのは、もうやめた。
 視線だけで済むならくれてやる。
 潔くて、志川も惚れ直す男らしさだろうと、志川を愛で追いながら思う辺りに未練をみつける。
 もうきちんと止めをさしたい気もするが、いつかも思ったようにせめて、ここを卒業するまで俺の志川であって欲しい。
 会うことを避けているくせに、馬鹿らしいことだ。
「会長、外みてないで仕事してください」
「恋患ってんだから三日くらい有給休暇くれ」
「イヤイヤ、会長、俺らの恋はぶった切ったじゃん」
 生徒会室から見える風景に志川がいるのがよくないのである。心配せずとも、こんな窓から見える景色などに志川の行動範囲が収まるわけもなく、一時間せずとも仕事に戻れるというのにケチくさい。
「俺はお前らに三日以上の有給休暇を与えたつもりだったが、何故俺にはそれがないんだ? 時間外手当を貰ってもいいくらい働いたつもりだ。いや、まて、時間外手当が出るのなら、時間を買うこともできるのではないか? いい値で買う。だから、休ませろ」
「残念、ブラック、社畜」
 高校生だというのに世知辛い。
 俺は志川から目を離さずいい放つ。
「ならば、それ相応の態度で臨む。今すぐは無理だろう。しかるべき書類を早急に作成し、生徒会というブラック会社を辞めてやろう。思い立ったが吉日。さぁ、書類作成だ!」
 志川が視界からいなくなったことをいいことに、俺は窓から離れ、振り返った。
「残念、仏滅でしたー」
 卓上カレンダーまで持って誇らしげに主張してくる会計に、こちらも勝ち誇った顔をしてやる。
「なら、俺が辞めるときは先勝にしてやる。だが、書類作成など仏滅で十分だ。エブリデイ普通の日だ」
 机に戻り、引き出しを開け、書類を取り出す。
 こんなときのためというより、生徒会のほかの連中が仕事をしなくなったときに、生徒会をやめようかと用意したものだった。
 何故俺ばかり仕事をしているのだと、栄養剤を飲んでいるときに、ふと思い、それこそ思い立ったが吉日で書類を作成してしまった。あの時は、無駄な時間をすごしたものだと緩い笑みを浮かべたものだったが、今、こうして引き出しをあけると、俺はいい仕事をしたなと思える。
 あの時、俺は自由への招待状を自ら作成していたに違いない。
 西暦と月を記入したあたりで、副会長が慌てたように書類を引っ張った。
「なんだ?」
「なんでこんなものが用意されてるんですか!」
「休みたければ、自主的に休まなければくれないんだろう?俺の人生は、此処で終わるものではない」
 もしかしたら、ここではなく十年ほど前に終わっているのかもしれない。
 それならば、俺がこうして生徒会長を邪魔に思うとき、さっと決断してしまったほうが、自分自身のためになるのではないだろうか。
 そうやって思うと、ちょっとくらい勝手気ままに振舞ってもいいような気がしてきた。
 だが、今までの俺が勝って気ままに振舞ってこなかったかといわれたら、そうでもないため、今更かもしれない。
「わかりました! 三日くらい休んで構いませんから、こういうのは止めてください!」
 そうして、俺は三日くらい恋患うことを許された。
 別れるといった矢先にこれだ。
 三日間、未練たらしく志川を遠くから眺めていてもいいのだが、せっかくもらった三日の休みだ。生徒会特権をつかって、寮で惰眠でも貪ろう。
 そうして忘れることができたら、それでよしとしよう。
 俺らしくもなく、馬鹿なことを思ってしまったものだ。




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