ハッピーエンドはゴリ押しで


「野垂れ死んでねぇか見にきたら……ひでぇな、生徒会長様かたなしだ」
 恋愛の駆け引きで古くからいわれることがある。
 押して駄目なら、引いてみろだ。
 それが誰もに適用されるわけではないが、押されて押し返していたら引かれて、うっかり懐の中というのはよくあることだろう。
 志川の場合は、元来の面倒見のよさと俺の引きの良さがあまりに気持ち悪かったらしい。
 俺を見下ろしてくる志川をソファからぼんやりと見上げ、俺は一度頷く。
「ついに、志川が俺のものに」
「ならねぇよ。別れるっつってただろうが」
「おかしい、さっきから聞いていればけなされながら心配されている気がしていたから、チャンスかと思ったんだが」
 休みを貰って三日目だ。
 授業も職権乱用で休んで、だらだらと寝ては食い寝ては食い携帯で麻雀を打ち、勝ち馬を予想し、競輪に興味を示し、害のないネットカジノまでして二日間を無為に過ごしていた。
 部屋はその二日間を反映しており、延長コードでつながれたローテーブルの上のノートパソコンと充電器を挿しっぱなしにした携帯、挙句、篭城するために用意したインスタント食品、菓子類、その他諸々が突っ込まれたビニール袋が二つと、インスタント食品のために用意された電気ポットもあり、毛布まである。ここからトイレと風呂以外で離れることはなかった。
 ゴミはビニール袋に突っ込んでいるため比較的綺麗に部屋を使っているが、汁を飲みきれなかったラーメンのカップなどは机の上に放置である。重なる容器が俺のだらけた生活を垣間見せたかもしれない。
 俺に飯をきちんと食えだとか、サプリメントを齧る前に野菜を食えだとかいわんばかりに俺の食えるものをそろえてくれる志川が見れば、この様子は惨憺たるものといえただろう。
「恋人じゃなけりゃ、めんどくせぇ友人だろう。心配くらいする」
 志川の中では、既に俺は友人であるらしい。
 いや、もともと表向きには恋人ということになっている友人という感覚だったと思う。
 それが堂々と友人といえるようになっただけだ。
 つまらないと思うと同時に恋人という名称だけのものが友人になっただけでショックなものだなと改めて思った。
「面倒なら放って置けばいいだろう」
 そんなことをいえば、友人といってくれている志川に嫌そうな顔をされるのは当然だ。
 案の定、嫌そうな顔をした志川が、俺に向かって舌打ちをした。
「放って置けたら、ブラックカード拝借なんてしねぇよ」
 また転校生のブラックカードを借りてきたらしい。志川が当たり前のような顔をして俺を見ていたため気がつかなかった。
 起きたら、志川がいたから最初は夢ではないだろうかと思っていたのも原因だ。
「なんだ、そのくらいには俺のこと大事にしてくれているのか」
 俺のいつもの軽口に、志川がこれもまた当たり前のように口を開く。
「そうだ」
 それだけで嬉しいとか、恋というのは随分ハッピーなものだ。
 現在進行で振られているにも関わらず、俺のハッピーすぎる気持ちを反映して、俺は余計なことを聞いてしまう。
「卒業してからもか」
「そうかもな」
 今度は断言ではなかった。それは未来のことだからだろう。それでも、同じくらいの効力はあった。
 志川は俺と違って、跡継ぎだ。男を好きになれば、志川の性格から恋人よりも友人になることを選ぶだろう。
 生涯壊れることなく、傍にいられることができる友人になろうとするだろう。
 だが、好きにならずとも友人ならばそれなりに大切にしてくれる。それが志川だ。
「残念だ。俺は志川に卒業するまで恋人ごっこをしてもらいたかったのに」
「卒業したら友人に戻るのか」
 卒業したら、会わない。
 それでも、何か残るのなら、友人という枠だろう。会うことはなくても、友人は友人だ。
「そうじゃないか」
 志川はしばらくの間黙って、俺を眺めていた。
「……そんなに眺めてもいい男は変わらないが」
「無精ひげ剃ってからいえ」
 俺は顎を触って笑った。確かに生えている。
「卒業までだ」
「……ん?」
 志川のいった事があまりにも唐突で意外だった。
「てめぇの様子が見えねぇと、おちつかねぇんだよ」
「まさかのプロポーズか!」
「してねぇよ!」
 売り言葉に買い言葉とはいえ別れるといったのは俺だ。それでも、恋人をまた名乗れるのならば、嬉しい。
「……とにかく、古ヶ崎(こがさき)」
 とりあえずの暫定恋人だった人間が、ごっことはいえ恋人になるのだ。志川は意外と律儀に関係性を改めてくれるらしい。
 俺は、苦笑し、首を振る。
「会長でいいぞ。あくまでごっこだ」
「でも、恋人なんだろうが」




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