「そうか。しかしな、絡むのは俺も志川が好きだからであって、下心以外の他意はない」
「一番あっちゃならねぇもんつけてんじゃねぇよ」
 だが、昔の人はいったものだ。恋は下心、愛は真心と。
 だいたい、俺は志川がこの学園だけでも独占できていることに大変な満足感を得ている。ここまでくるのに、それなりに時間がかかったのだから、この程度でも至福が得られるのは当たり前というものだ。
 そう今はこうして志川を部屋に連れ込んでいるわけだが、ここにくるまで何もなかったわけではない。むしろ、何かなければ面倒見がいいヤンキーなど俺の目に留まることはなかった。
 こうしていられるのも春先にやってきた転校生のおかげだ。 
 俺は詳しく知ろうとも思わないのだが、転校生がどうのとかで、生徒会が微妙に機能するとかしないとか、志川が俺以外になつかれたがどうのと、志川もおかげで胃薬大量摂取をしていた時期があった。
 よくわからないながらもちらりと見るからに面倒な転校生など相手にしなければいいのに、志川は可哀想に胃をしくしくさせながらも面倒をみたのだ。すると、ああやれ制裁だ、やれ陰湿なやり口だと威嚇しなければならず忙しそうにしていた。
 俺は、二度目の人生で少々思うこともあったので、少々下々の人間が騒いでいると思うだけにして、平気な顔で生徒会の仕事をしたものだ。俺の有能さでもって一人で仕事を回していたのだが、俺が有能でもすばらしい立ち回りをしても、笑顔でごり押しをしても、たちゆかなくなっていくものもある。
 俺の大事な健康管理の一つである睡眠時間は、楽しい娯楽に費やされることなく、学園に馬車馬のごとく使われることによって、それはもう最低限すらドリンク剤で誤魔化す有様だった。
 徹麻以外で飲まされる栄養ドリンクのなんとまずいことか。
 机の横のゴミ箱に、ドリンク剤があふれる前に、俺は生徒会連中を正座させ、バリカンを持ってきてやんわりとうながしたものだ。
 かっこいい髪型になりたかったら、そのまま、自由に振る舞うがいい。
 虚ろな目で笑って見せると、効果はてきめんだった。
 俺の優しさが身にしみた生徒会役員どもは仕事を始め、俺は胃を弱らせた志川を俺の部屋に半ば監禁することにより、俺の世話を焼かせた。
 この美貌にクマも作って見るものだ。
 肉体は若いからまだ消える。よかった。
 あまり作ったままだと消えなくなってしまうので、少し気にしていたのだ。
 春先にやってきた転校生は、その後どうなったかは知らない。だが、学園のパンダをやめることができたのだ。俺に感謝してくれてもいい。
 風紀の連中は、生徒会長様様だと言っていたから、つまりはうまくいっていると、俺は勝手に思っている。
 時には強引なほどの思いこみも、人生には重要な隠し味なのだ。  そして、世話焼かれついでに俺は志川を手に入れたわけである。  転校生には感謝をせねばなるまい。
 たとえ、志川が俺には本当に1ミリも恋愛感情をもっておらず、コンマ1秒とてときめかなくてもだ。
 現実は時に何より厳しいものである。
「好きなだけなんだがな」
「なんつうか、てめぇのそれは、本当に本当なのか、疑わしい限りだ……」
 そうだろう。
 何せ、俺も、さすがに初恋だ。
 初めては楽しいこともあるが、初めてはなんでも怖いものである。
 どんなに俺が素晴らしく、スパイシーで、ポジティブに振る舞おうと、本当は、こうして話をしていることすら奇跡だ。これを……今の気がねなく胃薬も必要ないくらいの空間を失ってしまうのは恐ろしいことである。
 これ以上を望む俺と、これ以上を望んで現在を壊したくない俺がいて、あわよくば志川の気持ちが変わらないかと、志川が本気でとるかとらないか曖昧なラインで誤魔化すように、俺は振る舞っていた。
「転校生に嘘をついているといわれかねんが、これもまた事実だ」
 俺は志川に無理矢理預けた頭を持ち上げ、身体を起こす。
「志川」
 俺はいつになく真剣な顔をした。
 それでも危ない綱渡りをするのは、相手に思いこませなければならないからだ。
 俺は何事も真剣にならない。
 俺は何事も曖昧で、真意などないように振る舞わねばならない。
 俺は志川にとって、意味が分からない存在でなければならない。
 この恋が、本気で困るのは俺も志川も同じだからだ。
「恋というのは下心で、愛と言うのは真心らしいぞ。つまり、俺がセクハラをしてしまってもそれは恋がなせる技でな……」
「真剣な顔して何を言うかと思えば……」
 俺は本気になってはならない。
 俺は志川と卒業まで一緒にいられればいいのだ。
 志川はある家の跡取りであるし、俺はこれ以上の幸運というやつを信じない。
 だから、卒業までが限界だと思うし、この学園内だけが楽園だとおもうのだ。
 よって、志川が学園内だけでも、俺のそばにいるのなら、俺はそれでいいし、それがいいのである。
 これが惚れた弱みというやつなのかもしれない。
「もしも欲求不満なら、俺を使ってくれてもかまわないんだぞ」
「バカ言ってんじゃねぇよ。どうして話がそう飛ぶんだ」
「下心だからな」
 志川が腹でなく頭を抱えた。
 今度は偏頭痛か。それもかわいいものだ。
 俺といる間は、そうして俺に影響されるといい。
 俺は心の底からそう願った。




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