あの連中とはあまり付き合いがないし、あの連中も俺と何らかのつながりを持とうとしていない。
 あくまで偶像であり、あくまで高い位置で、何か別の世界の住人であってほしいようだ。
 俺の美貌故である。
「その辺りは、俺もよくわからないが……とりあえず、安心しろ。だから、仕切りなおしてもいいだろう」
「とりあえずもクソもあったもんじゃねぇ……! 安心できるかバカタレ。つうか、仕切りなおしってなんのだ」
「キス」
「しねぇ!」
 おかしい、俺は志川とお付き合いをしているはずだ。しかし、何故ここまでキスを拒まれているのだろう。
 俺はあることを思いつく。
 可能性としては五パーセントにも満たない、淡い期待のようなものだ。
「結婚するまでキスもセックスもなしというのなら、無理な話だ。日本国籍である限りは」
「ねぇよ。どうしてそこに思考がいくかもわかんねぇよ」
 この、阿と言えば吽とくるツッコミ具合がいいのかもしれない。
 志川のよさを今、発見する。
 きっと夜の突っ込み具合もいいに違いない。
 キスといわず、夜といわず、今すぐヤッてもらってもいいくらいだ。
「仕方ないな。そんなに気になるなら宣言してやってもいいんだぞ。俺は、志川の女になりましたと」
「やめろ、マジやめろ。ホントやめろ。マジ勘弁」
 胃痛が復活したのか、胃のあたりをさする志川に、俺は近寄り、常備している胃薬を差し出す。
 志川は胡乱な顔で俺を見たりするが、その胃薬を拒むことはない。
 水なしで飲める胃薬を飲み込むと、志川は大きなため息をついた。
「会長」
 そう思えば、志川は未だ俺のことを名前で呼んだりしない。
 いっそのこと名前のことは忘れて、ハニーと呼んでくれないだろうか。少々恥ずかしいが解りやすくていい呼称だし、新婚バカップルぽくていい。
「一応、付き合っていることにはなっている」
「そうだな、俺は一生誓ってもいいんだが」
 俺のポジティブシンキングなど、真剣な志川を前にして面倒な茶々でしかないのだろう。小さなため息が落ちる。
「……俺が、会長を好きで、付き合っているんじゃないってのはわかるな」
 俺は、その言葉を鼻で笑う。
 わからないほど馬鹿なら俺もただただ幸せだった。
「嫌ってはいないだろう。それに、少なからぬ好感はある。いつも、嫌だといっても、結局一緒にいてくれるだろう。それは優しさではないと、俺はしっているぞ」
 本当のところ、志川は俺の本気も、俺がどれほど志川を把握しているかということもわかっていない。
 俺がわからないようにしているということもあるし、志川にそういった幸せな馬鹿であると思ってもらいたいところもあった。
 少し俺の知っていることを明かすのは、卒業までで満足だといい切りたい俺の、馬鹿なところだ。
 俺の言葉に目を見開く志川の間抜け面は、かわいくすらみえた。それだけでいってよかったと思う。あとでやってしまったと反省するだけだというのに、恋というのはやっかいなものだ。
 笑いたい衝動をおさえ、俺は続けた。
「本当に嫌なら、お前はここに居ない。確信があって、やっている。でも、本当に好きでも、お前はここに居ないな。それも、解る」
 志川は、俺と違って家業を継がねばならない立場にある。
 もし好きな人間ができたら、志川という男はその人間と友人として長い時間を共有するだろう。
 それが、たぶん一番幸せだと思っているからだ。
「俺は、一瞬でいい。お前の今の時間が欲しいから、こうしている」
 健気というわけではない。
「解れ」
 俺がどんなに優秀であっても、片方の意思が存在しないことにはどうしようもないこともあるのだ。
 俺は志川を無理矢理手に入れたいわけではない。
 多少強引でも志川の意思が欲しいのである。
 たとえ、学園卒業までという少しの時間であってもだ。
「あんたは、たまに、とんでもなくずりぃな」
「なんとでもいえ」
 俺はいつも通り偉そうに笑う。すると仕方なさそうに笑う志川の後頭部を掴み、顔を寄せる。
 軽く触れた唇は、乾燥していた。
「………やっぱり、リップクリームは必要だと思わないか」
 しばらく、志川がぽかんとしたあと、盛大に笑う。
「さぁな。好きにしろ」
 どうしてこれほど好きになってしまったのだろう。
 こんな思い出の引き出しなどいらないのは、本当は俺のほうだ。




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