もう少し、長い間……卒業するくらいまでは、恋人いわずとも友人として近くにいられる気がしていた。
 馬鹿だ。
 策士が策におぼれるように、悪賢い俺も、たまに失敗をする。
 解っていたはずだ。何もかもが思ったとおりになるほど、俺は俺自身の気持ちも整理できていない。
 最初からわかっていた。
 時間がたつごとに怖くなるのだ。
 俺がずっと志川の傍にいることを望むこと、志川がそれを許すことが怖くて仕方なくなる。
 ずっと卒業までと自分自身にいい聞かせているというのに、ならその先、志川がいなくて俺はどうするのかと考えてしまう。
 たかが恋だ。人はそれだけで生きるわけではない。まして俺は不確定要素の多い人間で、卒業までといわず期限がくることもあるだろう。
 けれど、こうして離れて、やっぱり好きで、嫌われるのも、俺の傍にいないのも、これから先がないのも、いやだと思った。
 いやだからこそ、俺はいつも通り志川を追いかけられない。
 志川が傍にいる未来は、俺にとって魅力的だがいいことだとは思えないからだ。
 そう思いながらも、このまま少し間をおいて、ちょっと謝りでもして、そこそこ親しい友人になれば未来はマシかもしれない。そうすれば、もう少し傍にいられるのではないか。そう考える自分自身に嫌気がさす。
 先になるか、後になるかの違いだ。仲がよければ仲がいいほど、一緒にいる時間が長ければ長いほど後はつらいだけであるし、今切れてももう少し一緒にいられるのではと後悔するだけである。
 変わらないのだ。
 結局、未練も残して、後悔も残る。
 それがどういった感度でどういった方向でやってくるかの違いでしかない。
「たかがちょっと襲われて、『ヨォ、お疲れさん』って挨拶して笑ってやったくらいで怒られるとは思ってなかった」
 それほど心配されるとは露にも思っていなかった。
 心配してくれているから、俺の態度に怒ったんだろう。そう思えれば少し幸せかもしれない。
 俺は一、二度、顔を左右に倒し、肩を揉むと自室に戻る。
 その自室に戻ると、電気がついていた。
 珍しく消し忘れたかと部屋の奥を見ると、ソファーの上で転がって携帯を眺めていた男が、ドアが閉まる音を聞いて顔を上げる。
「……反省してねぇだろ」
 久しぶりに見た呆れ顔が、嬉しくて仕方ない。
「する必要があるのか。いかにもらしいだろう」
 呼吸を忘れる前に、出て行ってくれたことばのなんと優秀なことだろう。
 吐き出したことばが震わしたのが空気だけで、声が揺れないのは奇跡かもしれない。
「確かにいつも通りだった」
 携帯を机の上に滑らせて、俺の良く知る胃痛もちがため息をついた。
「俺もいつも通りだった」
 そう思えば、胃痛もちのヤンキーはついつい面倒をみてしまうやつだったなと思い、笑ってしまった。
「なるほど。それは、怒るか」
「……八つ当たりにちけぇが」
「いや、少し嬉しい」
 ヤンキー……志川も笑う。俺は鼻で笑ってしまったが、志川はいつも通り仕方なさそうに笑った。
 嫌いではない。
「好きだ」
「あ?」
 気がついたらいってしまっていた。
「やっぱり、好きだ」
 どうして、恋なんてものはこうもままならないのだろう。
 まだ時間があると思う俺は、本当に馬鹿だ。
「急に告んな」
 照れた様子もなく、いつも通り呆れている志川に近寄って今すぐ押し倒したら、志川は雰囲気に流されてくれるだろうか。思い出をつくるのなら今しかないと、現金なポジティブさが頭をもたげる。
 実行するのはやぶさかではない。
 しかし、俺には一つ気になることがあった。
「ところで志川。ここにはどうやって入った」
 合鍵などは渡していない。
 志川は机の上を指で軽くたたく。
 そこには、ブラックカードといわれる、どこの鍵も開けることのできる魔法のカードが置かれていた。
「……それ、風紀委員長か、俺か、理事長しかもってねぇんだけど」
「理事長の甥っ子から少しかりた」
 転校生は理事長の甥である。
 その転校生がブラックなカードを持っていると考えたらぞっとする話だが、その転校生に少しかりたという志川にも少し思うところがあった。
「頼む姿が想像できないが」
「あの転校生は、飯、好きだよなぁ」
「飯でつったか」
「そうだな。飯食ってる間にかりてきた」
 それは、かりたといわない。
 そういうところも嫌いじゃないから、困りものだ。
 こんな調子でどうやって離れようというのか。
 恋は盲目というが、止めて欲しい限りだ。




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