「なんだそいつは、早撃ち乱発か? どっちでもいいが、乱交をするなら、俺の知らないアンダーグラウンドでやれ」
一晩で十人だか二十人だか相手にしたという話だが、乱交でなければ成り立たないのではないだろうか。それとも、ベッドに一人ずつ準備して寝転がってでもくれているのだろうか。
一晩だ。
夜は一日の半分もない。たとえ冬時間で、六時が夜と仮定しても四時にはもう、朝と呼ばれる時間だ。十時間あるが、一時間一人と仮定して、若さに頼ったとしても、それを毎晩などできようはずがない。
「病気にならずとも病気だ」
「何言ってんだよ! 会長のことだし!」
俺は会長と呼ばれるようになってからを振り返る。いや、随分昔まで振り返ってみた。
俺の美貌と頭の良さと素晴らしい身体に、女が寄ってきて困ったところまで遡ったが、十人と乱交するような華々しい性生活は送ったことがない。
大抵、一晩一人と濃密に絡み合うのが常であったように思う。
その上、会長と呼ばれるようになってからは男子校ということもあり、女に会うこともめっきりなくなった。男に言い寄られ、その気になったとしても、一晩に十人もその気になれない。
「十人も俺のお眼鏡に適う人間がここにいるなら連れて来い。俺は美形の選りすぐりといわれている生徒会連中や副会長の親衛隊連中を見てもその気にならん自信がある」
「うわー、俺、今、生徒会長の知りたくもない趣味を知ってしまった気がするよー」
会計がポツリと呟くので、ついでに宣言してやった。
「男よりも女だ。男とやるなら、女の代わりより男だと思えるやつとヤる」
「会長、モノホン思考、だねー……だから志川なんだ……」
書類を作っていた副会長も手を止め俺を見ている。
そんなに興味があるのなら、俺はあけすけにあることないこと話してやれるが、別に志川とのことは嘘をついてやる必要もない。
「志川は別だ。志川がたとえ中性的であろうが、女のようであろうが、本当に女であろうが、不細工だろうが、志川である以上、俺は志川がいい。もっと単純に言うと、女と志川がいたら、志川だ」
「本気なんですね」
恋に恋する乙女のような顔をしている副会長を視界に入れてしまったことに、後悔する。
意外と、副会長は乙女趣味の厄介な妄想家だ。
あんな目の中に星を入れたとか言われそうな輝きのある目でうっとりとみられては、鳥肌が抑えきれない。
俺は、書類に判を押して腕をさすり、ぶつぶつと立ててしまった鳥肌に舌打ちする。
「学園の大多数が俺をどう思っているか興味の範囲外だが、何故、そうも根も葉もない噂がたったんだ。この学園で下半身が暴れた覚えもなければ、誰かにセクハラした覚えも」
少しだけ考えた。
特定の誰かにセクハラしてしまっている事実はある。
しかし、外でセクハラ……抱きつくことはセクハラにならないと信じたい。そういうコミュニケーションだ。とにかく、外でセクハラなど働いていない。
俺は俺自身を棚に上げた。
「ない」
「ないって、だって……!」
生徒会役員である連中も、俺を見つめて『え?』という顔をしたが、しばらくすると一様に頷く。
「そう思えばそうですね」
「志川にもしてないよねー。部屋に連れ込んでるけど、合意ならセクハラじゃないだろうし」
会計が今、いい事をいった。
そう、合意ならセクハラではないのだ。
つまり、黙っていればセクハラとはいわれまい。
志川もこれといって俺について誰かに何かいっている風でもない。
まさか、俺が膝枕を無理矢理させているとか、ついでに足撫でて嫌な顔されて頭を落とされるとか、しかもそれでも絡みに行ったら殴られそうになってたまに膠着状態になるとか……よく考えたら、あまりべったりできていなかった。志川は何故、あれだけ反射神経がいいのだろうか嫌な顔をするのも、うざそうな顔をするのも、異常に早い。顔まで反射神経がいいとは恐れ入る。
「会長、なにしてるかわからない。前期会長、浮名たくさん」
書記が噂の出た理由を片言ながら説明してくれた。
俺が学校以外で何をしているかわからないから、前期会長のように遊んでいるのだろうと推測され、噂となってしまったようだ。
俺は会長としてやることが終わると、さっさと寮の部屋に帰ることにしている。志川に気が向いていなかった頃は、ネット麻雀にはまっていた。
日夜、とあるサイトのランキングトップを目指し打っていたのだ。
「なるほど。皆前(みなまえ)先輩か。じゃあ、最終的に風紀と殴り合って友情を深めるのか。断る」
前期の会長、皆前敦(みなまえあつし)はあまりの性生活のだらしなさに、風紀委員会から睨まれ、何故か殴りあいに発展し、何故か風紀委員長と分かり合ってしまい、会長を降りてからも風紀委員長とは親友である。
だが、性生活のだらしなさは治らなかった。
「ああ、解った。まだ、あの野郎が暴れていて、俺に降りかかってきているのか。いい加減やめておけばいいものを」
「会長、そこは憤慨してもいいところでは」
「事実無根の噂だが、俺が手を回すほどではない。親衛隊の連中が、『会長は!こんな下賎な連中とは、そんなことしないんです!』で終了だ。……志川にはあらぬ疑惑がたってしまっているが」
そう思えば、昔、『会長は排泄行為なんてしないんです!』と面と向かって言われた覚えがある。
それならば、あのあらぬ疑惑はいったいどういった具合に解釈されているのだろうか。
やはり一度、親衛隊とはコンタクトを取らねばならない気がする。
「あの新しい噂ですね? 志川が会長に無理矢理迫ってものにしたっていう」
「明らか、誤解」
「もう一つあるよ。志川が会長に無理矢理せまったら、会長のものにされたっていう」
どうやら親衛隊でも意見が二分しているようだ。
とにかく、俺と志川がどうこうする想像はできる上に、文句をいいにきていないから、何かすごい想像が駆け巡っているのかもしれない。
「ああ、それ、しっくりきますね」
「なんで皆そんなこというんだ!?」
「俺はものにされたいんだが」
「会長ちょっと、知りたくないんでしゃべらないでほしいんですけどー!」
「だからなんでそんなこと言うんだ!?」
転校生がいつもの調子で話に割って入ろうとしているが、なんだかんだ皆、お年頃だ。
それなりに他人の恋路が気になるらしい。
「会長、志川、お似合い」
「いいことをいうではないか」
「割れ鍋、閉じ蓋」
書記のいわんとするところを解りたくもないのだが、わかってしまうので、せめて割れ鍋はいったいどっちだと尋ねたい。
「あ、そっかー納得ぅー」
会計はいったいどのあたりに納得したのか、わからないではないが小一時間ほど問い詰めてやろうか。
「本気の恋ですもんね……!」
乙女思考は黙っていてほしい。
俺は机の上のペン立てに持っていたボールペンを入れると、机の横に置いておいたカバンを手に取った。
「じゃあ、俺は志川を捕まえに行くから、あとはよろしく頼もう」
「あ、今日の分おわったんだ。おつかれさーす」
「お疲れ様です」
「おつ」
俺は、転校生が涙目になって主張しようとしているのを、鬘をできるだけみないようにして、こういってあきらめさせてやる。
「噂は事実無根。知ってるやつが知ってりゃいいってことで、黙っておけよ」
面倒だからなと、釘を刺した。
だが、この転校生はいつだって、いい仕事をしてくれてしまう。
俺は、志川を捕まえにいくことで浮き足だっていて、すっかり忘れていた。
恋とはなんと恐ろしいものか。
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