それからというもの、その人…七瀬嶺志(ななせれいし)さんと俺の攻防は始まった。
 七瀬さんは次兄の知人というだけあって、それなりに喧嘩を知っている人だった。
 知っている、どころか、現役で総長などしている俺と互角の実力を持っていた。
「あのなぁ…三男」
「……潤(じゅん)」
 ため息をつくことが多い七瀬さんは、俺が近寄って抱きつこうとするとすぐ、足を出す。
 俺はそれを腕で受け、その足を取ろうとするのだが、すぐさま、七瀬さんの第二撃が飛んでくるためそれができない。
「…三男。いい加減にしとけよ。長男と一緒でせっかく無駄に顔はいい作りしてんだから俺なんぞ構わずにだな…」
「七瀬さんじゃないと嫌だ」
 こうやって穏やかに会話をしている間にも攻防は続いている。
 一定の距離以上を詰められず、俺はいつも悔しい思いをするが、いつも七瀬さんの格好良さにやられる。
「ったく、面倒くせぇなァ…」
 呟いた七瀬さんは三段蹴りを繰り出す。
 俺はそれを避けたあと、左足で落ちきっていないその足を横になぐように蹴る。
 七瀬さんはそれに逆らわず一回転し、俺が距離を詰めると俺の胸倉を掴んだ。
 俺と違って噛み付くためではなく、投げるためだ。
 俺はそのまま投げられたあと、地面を転がり起き上がる。
「なんでそんなに好きなんだか…」
「だって、あんた、かっこいいだろ」
「三男」
「…潤」
「……正直、憧れられるのはなくはないが、恋愛感情でくるのはお前くらいしかいねぇよ」
 女のほかはライバルはいないと思っていいのだろうか。などと、のんきな解釈をしたあと、七瀬さんを上から下まで見る。
 常に面倒くさそうにしている七瀬さんは、傷んだ髪に寝癖さえ直していればいいほう。目つきは鋭いというよりエロいと言ったほうが通りそうな、常に憂鬱を訴えるものだ。さもすれば暗いと言われそうなものだが、うなだれることはなく、いつも背を伸ばしている。
 少々短気というか、気張っている連中に容赦がないため、不良というカテゴリーに収まっていて、気がつくと舎弟ができていたためなんとなく不良をしていたタイプだ。
 なんとなく不良をしていたため、やめるのもなんとなく。バイク好きだけは不良どもから吸収したらしく、大学生になってすぐバイトをして中古バイクを手に入れたようだ。
 その愛車を購入したのが、熊田バイク…俺の家であり、不良として顔見知りであった次兄の家であったわけだ。
 長兄は次兄と知り合いであるということから、七瀬さんに遠慮をしない。そのためか、無茶なお願いも結構されるようで、七瀬さんは口癖のように二人の兄を『非常識』という。
 けして、万人に好かれるタイプではなく、かっこいいがそれが誰もにかっこいいといわれるものでもない。
 普通というには少し目立って、普通じゃないというには少し物足りない。
 けれど、俺には格好良く思えた。
 俺は少しブラコンぎみで、二人の兄に憧れと尊敬がある。ある種の人間だけでなく、何故か他人の尊敬を集める兄達なのだが、そんな兄と同等に話せる人間はあまり熊田バイクに現れない。
 兄達と同等に話せる人間はだいたい俺も顔見知りで、だからこそ七瀬さんは俺の中に印象深く残ったのかもしれない。
「見る目ねぇなぁ…」
「だろ?って、いや、野郎に見られてもな…」
 それは女にもモテないってことではないだろうかと再び勝手な解釈をする。ライバルは少ないほうがいいに決まっている。
 深いため息をついた七瀬さんも哀愁があり味があっていいと思った。

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