all right…?


 気がつけばいかつい連中から『七瀬さん』『七瀬さん』と親しまれて小さい集まりを持っていた。
 このあたりではでかい族の総長である迷惑野郎に何故か、親しみを持たれていて、よく飯をたかられた。
 蹴って殴って追い返したり、逃げたりしているうちに、高校生活の終わりが近づき、小さい集団を解散させ、大学に進学した。
 大学はいいとも悪いともいわない大学で、バイトに励んで愛車をかって、ちょっと分割にしてもらって、それを支払いに行っている。
 迷惑野郎には上に一人、下に一人兄弟がいて、上の一人は伝説の兄貴と語り継がれ、下の一人はその伝説をつぐ形になっているという話は知っていた。
 知っていたが、その下の一人にあったことはなかった。
 熊田潤、熊田家三男坊は、長男同様に無駄に整った顔をもっている不良だった。
 不良というイメージに逆らうことなく黙っていても、口を開いても怖い印象を持たれるだろう容姿だが、それは整っている顔が無表情であったり、不機嫌であったりすることや、本人の出す雰囲気であったりするのだから、長男よりは優しい顔をしているといってもいい。
 ローンを払いに来た俺を見かけるたびに嬉しそうな顔をして飛びかかってくる、もしくは喧嘩をふっかけてくる様子は大変楽しそうで、不良というよりは楽しいことを見つけた子供のようにも見える。
 残念な美形って本当にいるんだな。と確信したことだった。
 喧嘩を売られたら買うのは癖みたいなもので、三男との喧嘩はもはや挨拶のようなものだ。お互い、どこか怪我をするようなヘマはやらかすこともない。
 適度に運動をすればやめる。
 その間、三男は俺にひたすら『好き』だの『かっこいい』だのといってくる。
 大変健気でしつこいのだが、もう少し視野を広げろと言ってやりたいというか、そう言っている。
 迷惑野郎にも弟を止めろと言ってはいるのだが、重度のブラコンである奴は『お前ならいいよ』などといって俺の話を聞かない。
 長兄であるゴリ押しが強いバイク店の店主にも言ってみたのだが、『お前がうちの嫁にきたら、俺ら飯困んねぇし』といってはばからない。
 熊田三兄弟は揃いも揃って料理がさっぱりで、両親ともに不在である現在、コンビニ飯とインスタントは飽きたという事情を抱えている。
 まずい飯で我慢するか、可愛い彼女、もしくは嫁さんをもらえと忠告しているのだが、三男はまだしも兄ふたりは俺の話など半分もきいていない。
 そうして、手の込んだ料理など作ったことがないのにもかかわらず俺にたかってくるのだ。
 迷惑野郎が腹が減ってしょんぼりしているのを哀れに思って俺の飯を渡したのがそもそも良くなかったのだというのは、高校時分に反省している。もう取り返しはつかない。
 とにかく俺に飯をたかろうとする二人に、あまりにもそれはどうなんだと思っているのは少しは常識を知っていた三男で、いつも俺にたかる二人の兄に困ったような、俺に申し訳なさそうな視線を向ける。
 少しでも遠慮というやつを知っている三男に感動してしまった俺は悪くない。
 悪くないのだが、最近、その三男が気になって仕方がない。
 どうして、こうなったのかと頭を抱えている間に、三男が可愛く見えてくるという幻覚が見え始めた。
 可愛げがないタイプではない。上に二人いるせいか、年上にどういう態度を取れば嫌に思われないかということをよく知っている。
 だからといって、過剰に甘えるでなく媚びるでなく、潔さと豪快さは長男とよく似ている。
 それにしたって可愛いと思えてくるのはオカシイ。
 なんでこんなことになったのか、よくわからないが、順を追って考えてみると、迷惑野郎に飯を与えてしまったこと、知り合いだからと熊田バイクでバイクをかったこと、ローンを組んでしまったこと、いくら迷惑かけられていてもバイクの話で盛り上がってしまったことが挙げられる。
 そうでもない限り、熊田バイクで話し込んだり、バイクをかったり、足繁く通ったりはしない。そして、三男と顔を合わせることもない。
 だいだい、三男が俺を好きになった理由がよくわからない。本人は俺がかっこいいからと言うが、俺はそのフィルターがかかる理由を知りたいわけで、そんなことを知りたいわけではない。
 恋愛は脳の勘違いということをよく聞くが、確かに三男は勘違いをしているとしか思えない。

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