「ありえない話をしようか」
鬼怒川がポツリと呟く。
俺は鬼怒川の隣に立ち、空っぽの冷蔵庫を見つめた。
「昨日の夜はあったんだ」
限定プリンだったか。新しくできた店のチーズケーキだったか。それとも新進気鋭のショコラティエのチョコレートだったか。
あるいはそのすべてか。
冷蔵庫にあった白い箱には美味しいものが入っていた。俺の記憶にもある。
俺は大きく頷いた。
「朝起きたらなかったんだ」
ショックのあまり冷蔵庫が閉められないらしい。気持ちはよくわかる。食材すらない冷蔵庫は非常に寒々しく眩しい。目を凝らしても変わることのない光景は心を滅多刺しにしてくる。
「いいわけはあるか、古城」
「ねぇよ。でも食ってねぇからな。俺んちにお引越ししただけ」
「……なんでだよ」
「てめぇが時間忘れて仕事してたからだっつの。今最高にセクシーだぜ、ハニー」
鬼怒川は日付もわかるデジタル時計を確認した後、俺に向き直り冷蔵庫を閉めた。
「ダーリン、今日はちゃんと寝るからスイーツいただいても構いませんか」
俺はチラッと腕時計を確認してニヤリと笑った。
「今日中寝たら返してやろう」
あと五分で今日が終わる。もちろん、時計の針は止まらない。