従者自慢


 ある朝、急にフォー様がだだをこねた。王子とちょっとした喧嘩をした結果らしい。
「やだやだロノとセルディが戦ってるの見たい! セルディが勝つとこ見たーいっていったのは俺だよ? 遠距離戦ならきっとセルディに分があるはずって。でも、ロノあんまりに万能じゃない?」
「そうだそうだー」
 フォー様がセルディナと一緒になって唇を尖らせる。そんなことをしても王子と違って二人に憎らしさがないのは愛嬌ゆえだろうか。
 俺は矢を木から抜きながら首を振る。
「闘う場所が得意だっただけです。あと主命ですので……」
 俺とセルディナが戦ったのは森の中だ。学園の演習場は生徒が煩い。騎士団の演習場をかりるにしても突然すぎる。ならば人気のない森だといつもの四人で森に来た。
「ロノウェは狩人だからな。俺の魔法使いが負けるわけない……いったとおりだろう?」
 得意げに胸をはる王子のなんと憎らしいことか。
 俺の主で俺のことを誇っているというのに、まったく嬉しくない。
「俺のセルディナだって負けませんけど? たまたま調子悪かっただけだし? なんなら今やったら一瞬で片がつくんだから! あんな、あんな木々の間を駆け抜け矢を射っては駆け射っては駆け……狩人そんなに機敏に動かず隠れてなよぉ!」
 切り株を両手で叩き悔しそうに嘆く。フォー様は土の上に崩れ落ち、セルディナごめんねぇと唸り始めた。
 弟をちょっと揶揄っていじめるのは可愛い反応をするので楽しい。その上従者も自慢できて大変満足だ。そんな声が聞こえてきそうな笑みを浮かべた王子はやはり憎らしい。
 フォー様と一緒になって土に汚れたセルディナは不満げな顔を隠さない。突き出していた唇を歪めて今にも舌打ちをしそうだ。不敬罪になるから舌も打てないなんて……無念がセルディナの顔まで歪めた。幼いころから蝶よ花よと一緒に追いかけたセルディナの主人に対する思いは結構重たい。
「それならもう一戦やるか?」
 セルディナが顔を歪め、フォー様が嘆くものだから王子が俺の了承もなく再戦を持ちかけた。
 俺の仕事は王子を護ることであって、セルディナと戦うことではない。王子とフォー様を満足させるための存在でもなかった。しかし命令だといわれれば戦わなければならない。
 ため息をつきかけたところでフォー様と目があった。ちょうどフォー様が顔を上げて王子に返答するところだったのだ。
「やだぁー兄上がいうともう一戦が深夜ぁーでも、やらないよ。片付いちゃうのたぶんセルディナだから」
 へへへと笑う前に、俺に片目を瞑ってみせるあたりフォー様も王子と違った意味で憎らしい。わがままでどこまでやっていいのかをよく心得ているのだ。
「ああ……主人の信頼がこんなにも厚い」
 その信頼は厚くない方がいいのではないだろうか。それともセルディナの実力を見極めて使えるということか。セルディナをうまく使えるならフォー様はいい主人だ。
「いっておくが、俺はロノウェのことは信頼していないからな」
 そこは嘘でも信頼しているというべきだろう。
 普段の行いが悪い俺は曖昧に笑う。
「戦闘能力と王子を害さないことくらいは信頼してもらいたいものです」
 それ以外は信頼に値しないが。
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